顔も名前も知らないあなたへ

  

 そいつは突然やってくる。

 なんの前触れもなく。側からすれば、大した事ないきっかけ。でも、私にとっては、とてつもなく、どうしようもなく。

 元々無理を重ねていたのだと思う。それに、気付かない様に、苦しくならない様に、見ないで、見えない様に奥にしまっていた。それが、些細なしょうもないきっかけで、ぽろぽろと、ぼろぼろと、崩れて目の前に現れる。……そんな物、見たくなどないのに。

胸を抉られる様な感覚。……そんなの生温い。頭の中をかき混ぜられて、胸をぐちゃぐちゃにされて、どうしていいか、分からなくて。

 何が正解なのか、何が間違っていたのか、どうするべきだったのか、どうするべきなのか。

 誰も何も教えてくれない。

 涙がぽろぽろと瞳から流れて伝って、止まらなくて。鼻水もダラダラと出て。醜くて。酷くて。

 自分への嫌悪感。絶望。この精神状態から逃げたいという、防衛本能。

 その先にある。私が囁く。

 

 その引き出しを開けて、包丁で胸をヒトツキすれば、楽になれるよ。もう、なにも考えなくていいんだよ。

 

 だめだめ。そんな事をしても、何にもならないし、みんな悲しむ。生きたくても生きれない人もいる。

 

 ……分かってる。分かってるけど、じゃあ、あたしのこの感情は、どうすればいい?持て余したまま?このまま苦しむの?

 

 そこで、ふっと。

 まだ、踏み止まれる。まだ、大丈夫だという事を知る。

 怒りの、苦しみの矛先を、どうしてか、他人に向けられない。それは、きっと、元々の性格で。どうしてか、自分を責めてしまう。

 責めて、攻めて、せめて、セメテ。

 苦しくなって。

 それから逃れたくて。

 

 死にたい。逃げたい。と思ってしまう。

 

 でも、まだ、今日は、踏み止まれる。大丈夫。

 ……でも。それもいつまで続くのか。

 この、精神状態は、いつまで持つのか。

 薬が欲しい。抗うつ薬

 手に入れるには、精神科に行かなくちゃ。

 誰に言うの?すぐ行けるの?時間は作れるの?言って、その人にまた傷つけられたら?

 

 そんなの、怖くて。堪らなくて。

 

 言えない。また傷つけられたくない。辛い思いをしたくない。

 あたしは、この気持ちを抱えて生きていくの?

 死にたいと願ってしまった、罪悪感と、恐怖と、闘って生きていくの?

 

 この気持ちをどうにかしたくて。

 震える指で、スマホを触る。

「死にたいと思ったら」

 緊張と罪悪感を感じながら、入力して。検索、をタップする。

 

 掌の小さなスマホに表示される画面は、顔も名前も知らない私を救いたいという、なんとも無責任な画面で。きっと、私以外に、何人もの人がこの画面を見たのだろうという事を知る。

 救われたい私は、その中から、一つの記事をタップする。

 

『死にたいほどがんばってきた人が、もうがんばらなくていいように』

https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2022/81995/suicide?gclid=Cj0KCQiArsefBhCbARIsAP98hXSXcxBOV2YHq0mYpCQtViO1gdX-rTq7Fd5X8bYYM3Q6V_uNCQBCSfcaAjxeEALw_wcB 

 

 

 読んで。読んだ所で、現状は何ひとつ変わらない。劇的に変わる訳ではない。……でも。確実に。

 私の心が救われる気がして。

 

『私はあなたに生きていて欲しい』

 

 単純だ。顔も名前も知らない誰かに願われただけで、こうも心が軽くなってしまうなんて。

 案外、私の悩みは、ちっぽけで。そして、気付く。私の価値を決めるのは、他でもない、私なのだと。生きていてもいいのだと。

 他人を変える事は出来ない。現状も、そう簡単には変わらない。

 でも、自分の気持ちを、自分の考え方を変える事は、出来るのかもしれない。

 自分で認めて、自分を甘やかして、自分を褒めて。

 

 私は、今日も、死にたくなるほど頑張って、死なずに生きてきます。

 

 同時に思う。

 私も。同じ様に、誰かを救う文章を書けたら、らなんて。

 

 無責任な言葉を言います。

 でも、本当に思っているから。

 

 私は、あなたの顔も名前も事情も知らない。でも、あなたに、どうか生きていて欲しい。

 

 死にたいと思ってしまうほど、毎日頑張ってるあなたは、とっても素敵です。

 どうか。

 あなたが笑って、この日を思い出として語る日が、1日も早く訪れます様に。